【法人税】代表者が退任し会長職となった場合の退職金の未払計上(役員の分掌変更等の場合の退職給与)

2016年01月11日

税法相談事例

 今回の相談事例は、代表者(x)が退任し会長職に就き、後継者が新たに代表者に就任する場合に、前代表者(x)に退職金を支給し、損金計上できるかどうかという内容です。

 後継者である子どもに代表者の地位を譲っても、親としてはちゃんと社長業を務まるのか心配であり、しばらくは会長職として新代表者をバックアップすることはよくあるケースです。

 この場合、問題となるのは次の3点です。
(1)前代表者の退任が形式的なものであり、実質的に退任したと認められるかどうか(退任が形式的なものであれば、支給する退職金の損金計上は否認されます)
(2)前代表者に支給する退職金を分割で支給する場合、支給する都度、損金計上できるのか
(3)前代表者が決算期末で退職する場合、翌期で支給する退職金を未払計上し、損金計上できるか

 法基通9-2-32(役員の分掌変更等の場合の退職給与)
 法人が役員の分掌変更又は改選による再任等に際しその役員に対し退職給与として支給した給与については、その支給が、例えば次に掲げるような事実があったことによるものであるなど、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができる。
(1) 常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと
(2) 取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で令第71条第1項第5号《使用人兼務役員とされない役員》に掲げる要件の全てを満たしている者を除く。)になったこと
(3) 分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと
(注) 本文の「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない。

 中小企業では、この役員の分掌変更の退職金を税金対策として利用することが多々あり、税務調査で争いになることも多いテーマです。

役員が分掌変更した時とは、具体的にどのようなケースが該当しますか
分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることを指します。
 具体例として、(1)常勤役員が非常勤役員になった場合、(2)取締役が監査役になった場合、(2)役員の地位又は職務内容が変わり役員給与がおおむね50%以上減少した場合が挙げられています。
 従来は、代表取締役が平取締役に降格させたり、会長職に就任させたりし、かつ、役員給与を50%以上減らすことで退職金を支給し、利益調整として退職金の損金計上を安易に利用していた時がありました。
 しかし、裁判で納税者が敗訴するケースが増え、「実質的に退職したと同様の事情にあると認められるか」が重要視されるようになりました。つまり、形式的に役員給与を50%以上減らしても、対外的に代表者の変更を伝えていない、経営の決定権、決裁権を前代表者が持っているなどが認められるときは、退職金の支給は否認されています。
代表者が会長職に就き、分掌変更による退職金を支給したいと思いますが、資金繰りの関係で分割支給になりますが、支給する都度、退職金として損金計上できますか
 分割支給する際に問題となるのが、法基通9-2-32(注)で分掌変更の場合の退職給与については、原則として未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれないとしており、実際に支払ったものに限られる旨を定めている点です。

 この点を争点にした判例があり、東京地裁平成27年3月3日判決で納税者勝訴となりました。本件のポイントは、平成20年8月期において分割支給した退職金(第二金員)が損金計上できるかです。

<概要>
1.本件は、いわゆる分掌変更によって役員退職給与を支給する場合に、これを分割して支給し、別の年度の損金として処理することが認められるかが問題となった事案です。納税者が勝訴し、課税庁は控訴せず確定しています。
2.事案の概要は次のとおりです。
(1)原告会社Xの創業者Aは、平成19年8月31日代表取締役を辞任し、以後、非常勤取締役となった。役員報酬は月額87万円から40万円となった。
(2)Xは、平成19年8月10日、取締役会決議により、(イ)役員退職金の金額(2億5,000万円)、(ロ)分割支給で第1回目(7,500万円「本件第一金員」)を支払いを平成19年8月31日とすること、(ハ)その余(役員退職金残額)を3年以内(平成22年8月末まで)に支給することを決定した。
(3)Xは、平成19年8月31日、Aに対し退職慰労金の一部として7500万円(本件第一金員)を支払い、これを平成19年8月期における損金の額に算入して法人税の確定申告をした。
(4)翌事業年度の平成20年8月期においてXは、役員退職金の一部として1億7,500万円を支給することを予定していた。だが、Xの代表取締役らは、Xの資金状況等を踏まえて赤字とならない範囲で支給可能な金額を検討し、その結果、平成20年8月上旬に開催された取締役会で平成20年8月期においては1億2,500万円(以下「本件第二金員」)を支給することを決定した。
(5)Xは、平成20年8月29日、Aに対し退職慰労金の一部として1億2500万円(本件第二金員)を支払い、これを平成20年8月期における損金の額に算入して法人税の確定申告をした。
(6)平成22年4月、税務調査が開始され、課税庁は本件第二金員は退職給与に該当せず、平成20年8月期において損金の額に算入することはできないとして、平成20年8月期に係る法人税の更正処分、過少申告加算税の賦課決定処分、源泉所得税の納税告知処分、不納付加算税の賦課決定処分を行った。

<税務当局の主張>
 税務当局は、役員退職金に関する債務が確定したのは取締役会決定がなされた平成19年8月期であるため、平成20年8月期で損金算入できない。支給年度で損金経理を認めた法基通9-2-28ただし書は完全に退職した場合にのみ適用されるものであり、分掌変更の場面での適用は予定されていない。

<原告会社の主張>
 本件会計処理(本件第二金員を支給年度で損金経理した処理)は公正基準に従ったものであるため、平成20年8月期で損金算入できる。

<結果>
 裁判所は、役員退職給与に係る債務が確定していない場合には、これを損金に算入することはできないが、その費用をどの事業年度に計上すべきかについては公正処理基準(法法22④)に従うべきと判断した。
 裁判所は、法基通9-2-28ただし書に依拠した支給年度損金処理は企業が役員退職金を分割支給する場合に採用する会計処理の1つであることなどを踏まえれば、支給年度損金処理は役員退職金を分割支給する場合における会計処理の1つの方法として確立した会計慣行であると指摘し、法基通9-2-28ただし書に依拠した本件会計処理は公正処理基準に従ったものといえるため、本件第二金員は平成20年8月期で損金算入できると判断した。
 また、裁判所は、役員としての地位または職務の内容が激変し、実質的には退職したと同様の事情にあると認められる場合に退職給与として支給される給与も法人税法第34条第1項にいう「退職給与」に含まれると解すべきであると指摘した。
 そして、この点を踏まえ裁判所は、法基通9-2-28における「退職した役員」「退職給与」といった文言には、実質的には退職したと同様の事情にあると認められる場合を含むものと解すべきであることは明らかであると判断した。
 つまり、法基通9-2-28ただし書は、完全に退職した場合だけでなく、分掌変更により実質的に退職したと同様の事情にある場合にも適用されると判断した。
 これにより、分掌変更により実質的には退職したと同様の事情にあると認められる場合で、あらかじめ役員退職金の総額および分割支給の終期を明確に定められているのであれば、資金繰りの関係などで分掌変更の翌事業年度以降で分割支給される金額について、法基通9-2-28ただし書により支給年度で損金経理できる。

代表者が今期決算期末日をもって退任し、会長職に就任し、新たな代表者(後継者)が就任する予定です。今期の取締役会で前代表者の役員退職金額について決定しますが、退職金の支給は翌期の初めになります。この場合、今期に役員退職金を未払計上することができますか。なお、退職金は一時金で支払い、分割支給はしません。
 役員が分掌変更した場合の退職給与の取扱いは、法基通9-2-32に定められており、注書きで”本文の「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれない。”こととされています。
 つまり、退職金として支給した時に損金算入できることを原則としており、未払計上したものは基本的には認められません。これは、完全に退職した役員であれば役員退職金の未払計上は認めているものの、分掌変更の場合は完全には退職していないものであるため、利益調整に使われる可能性が高いことから支給日損金経理を原則としていると考えられます。

 しかし、ご質問のように新たな事業年度からは新代表者で経営していきたいということで、代表者の退任日を決算期末日とするケースがあります。この場合に、前代表者に支給する退職金が翌期となることはあります。
 退職金を支給した翌期で損金計上する会計処理であれば何ら問題が生じませんが、未払計上し今期の損金計上する会計処理の場合は上記の注書きが問題となります。

 ところで、税務当局の趣旨説明では、”上記の注書きは、退職給与は、本来「退職に因り」支給されるものであるが、本通達においては引き続き在職する場合の一種の特例として打ち切り支給を認めているものであり、あくまでも法人が分掌変更等により「実質的に退職したと同様の事情にあると認められる」役員に対して支給した臨時的な給与を退職給与として認める趣旨である。したがって、本通達の適用により退職給与とされるものは、法人が実際に支払ったものに限られ、未払金等に計上したものは含まれないこととなるのである。ただし、役員退職給与という性格上、その法人の資金繰り等の理由による一時的な未払金等への計上までも排除することは適当ではないことから、「原則として、」という文言を付しているものである(このような場合であっても、その未払いの期間が長期にわたったり、長期間の分割支払いとなっているような場合には本通達の適用がないことは当然であろう。)”とされています。

 つまり、明らかに利益調整であると認められる場合を除き、資金繰り等の理由による一時的な未払計上であれば、未払金として計上した時点で損金計上することも認められることになります。